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2019/12/25古都飛鳥保存財団情報「渡来人の里にご縁を頂いて」 第3期飛鳥応援大使 植田早苗

渡来人の里にご縁を頂いて

                第3期飛鳥応援大使   植田早苗

 

 10年ほど前に明日香村を訪れた時、応援大使の募集を知りご縁を頂きました。

明日香村の隣の桜井市は義父の出身地であることもあり、明日香村にも度々訪れていました。

石舞台や甘樫丘を見学すると古の人々と同じ景色を眺めたという思いで浪漫を感じていました。

 古代に浪漫を感じるとはいえ知識も浅く応援大使などという肩書を頂いてしまいましたが、

私にできることも何かあろうかと、財団から送られてきます資料などをこちらの地域の関心のある方に

お届けしていました。そんな中、隣市の日高市(埼玉県)にあります高麗神社に参拝に伺った折り

「高麗郡建郡1300年の記念事業」が始まっていることを知り、地元で飛鳥との繋がりを感じられるようになり

会員にもなりました。

 

 2016年6月の建郡1300年の記念の年には日高市で「渡来人の里フォーラム」が開催され、その時明日香村の

森川村長様もお出でくださいました。そして、私もそのフォーラムを聴講させて頂く機会を得ました。

休憩時間に森川村長様に飛鳥応援大使の名刺を持参してご挨拶し、この近くに住んでいることを話しました

ところ、とても驚かれていました。

 このようなご縁もあってその後は財団から送られてきます明日香村の広報などを高麗神社にお届けさせて

頂いております。

 

 高麗郡建郡1300年記念事業の記念誌の冒頭には渡来人の辿った様子が書いてあります。

「今から1300年前、埼玉県日高市とその周辺に、高麗郡が置かれた。高麗郡の「高麗」とは、かって朝鮮半島

から中国大陸にかけて広がっていた国、高句麗のことである。高麗郡建郡にあたり、東国各地から1799人の

高麗人が移り住んだ。彼らは母国高句麗の滅亡に前後して日本の地を踏んだ人々やその子孫である。高麗人は

当時進んだ文化と技術で大和の国(日本)の発展に貢献し、霊亀2年(西暦716年)5月16日、武蔵国に高麗郡が

置かれると、新たな天地として未開の原野を切り拓いたのである。亡国の苦難に遭いながらも希望を捨てず、

武蔵の大地に足跡を刻んだ1799人の名もなき高麗人たちもまぎれもなく日本人の祖先である。」

 そして、その時首長になった人が高句麗の王族として生まれた玄武若光(後の高麗王若光)と言われています。

宮司の高麗文康氏はこの高麗王若光の60代目の子孫で歴史小説『陽光の剣 高麗王若光物語』を上梓されて

おります。私もその本を読ませて頂き、戦乱の高句麗から日本に渡り新天地を築こうとした若光の様子を

伺い知ることができました。

 そして、高麗の里では古代装束のパレードなど様々なイベントが行われ、秋には見事な曼殊沙華が咲き、

明日香村のイメージと重なります。

 

 飛鳥応援大使としてのお役目を思いがけずに住んでいる所で生かすことができ、かけがえのないご縁を頂きましたことに感謝しております。

 

 

 

 

  

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